2012年12月7日

県立美術館の移転に関する知事発言

 現秋田県知事は、県議会、記者会見など公の場で、数々の理解しがたい発言をしているが、県立美術館の移転に関して、平成22年2月の県議会当時に、次のような発言をしていた。
 まず、平成22年2月1日の記者会見にて、現県立美術館について「私の文化的価値基準は100年以上の建築物。それより短いものは好みの問題」(2010年2月2日、秋田魁新報)、「(私の基準は)極めて単純明快です」(県ウェブサイト)と言い放った。これには、現県立美術館の文化的価値を訴える人など、多くの県民が非難し、地元紙のコラムを書いている脚本家も「暴論であり、不遜である。少なくとも行政の長が公言すべきことではない。それも『極めて単純明快』などと自慢気な様子なのだから、何とも幼稚である」(2010年2月21日、秋田魁新報)と述べ激しく批判した。
 このような独善的な考え方をする知事では、県議会において、心ある議論を期待することは無意味であったのかも知れない。
 次に、平成22年2月8日の記者会見にて、建設予定の新県立美術館について「作品で人を呼び込める根拠はない」(2010年2月9日、秋田魁新報)と堂々と発言していた。それなら、何故、移転しなければならなかったのか。県では当初から、藤田嗣治作品によって賑わいに繋げるための移転と言っていたはずだ。根拠のないことに県費を使ってよいのかと言う話になる。
 また、ソフトを充実させると言っていたが、その論でいくと街の賑わいのために継続的に絶えず県費を投入し続けなければならないことになる。
 集客力のある、市民のニーズのある施設を建てることが、最も効果的な土地利用方法であったはずだ。
 さらに、本会議にて県立美術館の移転新築の反対者をどう説得するのかという質問に対して「十分な説明は必要だが、確信的な反対を賛成に変えることはできない」(2010年2月23日、秋田魁新報)と堂々と答弁していた。この発言は、議論そのものが不要であると言っていると同じであり、議会も不要と言っているも同然である。議会は議論の場である。議論を積み重ね、一致点を見い出すのも政治の役割ではないか。県政の長として問題ある発言である。

 現秋田県知事は、その他の案件についても、理解しがたい数多くの発言をしているが、いずれもさほど重要視されないままなのは、それらの発言が思慮の浅い、軽い発想から出た言葉であることを多くの県民が見抜いているからかも知れない。しかし、秋田県の将来を考えれば重要な問題である。




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